夏休みの心得4:ピンクタワー流血事件?!
8月 10

夏休みの心得4:ピンクタワー流血事件?!

 暦の上では立秋を過ぎました。まだまだ秋とは思えない暑さが続いていますが、お元気にお過ごしですか。
 

 どんなに暑い日が続いたとしても、しだいに秋の気配を感じる頃になると、気がついたら冬だった。なんていうことを毎年繰り返している気がします。巡る季節にリズムがあるように、子どもたちのエネルギーの現れ方にも周期的なバイオリズムがあるように思います。

 

 入園したての4月には、赤組さん(年少さん 3歳児)はどの子も神妙な面持ちで新しい環境に慣れるための緊張感もどこかにあり、まだまだよそいきの顔をしています。それが5月の連休が終わる頃にはお友達にもお教室にも慣れ、リラックスした表情になっていきます。そして毎年梅雨が近づく6月過ぎになると、それはやってきます。私はその時期を密かに「エネルギーの爆発期」と呼んでいます。

 

 まるで爆弾が爆発するように、子どもたちが内なるエネルギーを爆発させるようになるのです。かえりみますと、0~3歳の間に蓄積した経験を表現し始めるのです。毎日登園するお教室に慣れ、「ここは自由だ。何をしてもいいところだ」と子どもたちが思い始めると、これまでせき止められていたダムが一気に決壊するようなものです。

 

 

 こんなことがありました。
 その年の6月はモンテッソーリ教師の卵というべき、実習生が来園中でした。ひとりの実習生が3歳のK君にピンクタワーのおしごとを提供していた時のことです。子ども達にとって、お友達が始めるおしごとはとても魅力的に映ります。「ぼくもやりたい。私もやりたい」と赤組さんのお友達がわらわらと集まってきました。

 

 ピンクタワーがそびえたつじゅうたんの周りは大渋滞。見かねた青組さん(年長さん 5歳)が「待つこともおしごとだよね」と交通整理をしてくれていました。一列に並び、K君を見守るお友達にまじって、突然S君が「ぼくもやりたい!ぼくが先なんだ!」と割り込んできました。

 

 「じゅんばん。じゅんばん」というお友達の声も興奮状態のS君には届きません。自分の思い通りにならない不満が爆発し、「ぼくがやるの!」と、ピンクタワーのキューブをひとつ横取りし、ぎゅっと握りしめ、勢いに任せてK君の頭めがけ、振り上げたのです。

 

 K君を守るため、実習生が咄嗟に制したものの、じゅうたんの上にはぼたりぽたりと赤いものが……。

 

 何と!ピンクタワーのキューブの一角が実習生の手のひらを直撃していたのです。傷口は小さく、大事には至りませんでしたが、小さなピンクタワーが人を傷つけるまでの凶器に変身してしまったことに誰もが驚きを隠せません。いちばん驚いたのはS君だったことでしょう。

 

 マリア・モンテッソーリは「0~3歳の子どもを無意識の創造者」、「3~6歳の子どもを意識的作業者」と呼びました。3歳児である赤組さんは言ってみれば、無意識と意識のはざまにいます。

 

 どんな子どももよい面だけでなく、一人一人異なる、違った性悪さを無意識下に持っています。エネルギーの爆発はそれまでの環境で受けた抑圧の結果として生じます。

 

 抑圧とは「常に動きたい」という子どもの生命衝動を止めることです。危ないから、静かにさせたいから、と大人たちが命令や禁止で押しとどめ、行き場を失ったエネルギーといえましょう。モンテッソーリはこのエネルギーが無秩序に発散される状態を「逸脱」と呼びました。

 

 S君はその後もたびたび、内なる爆弾を爆発させ続けました。
気に入らないことがあると教室の隅っこでふてくされたり、突然駆け出して教室を出て行ったり、大きな声をだしてわめいたり、お友達のお邪魔をしたり。

 

 モンテッソーリ教育の神髄はこうした逸脱した子どもたちのエネルギーを集中によって解放させ、正常化することだと言えます。
 すべての子どもはどんなに逸脱しても、正常へ返る傾向を持っています。

 

 とはいえ、ここでお父様とお母様にぜひ心得ていただきたいことがあります。モンテッソーリ教育は「打ち出の小槌」ではないということです。適切な環境に置かれたからといって、子どもたちはすぐに突然に変身するのではありません。

 

 S君の場合、ピンクタワーを人の手のひらを穿つ勢いで振り上げてしまったとしても、ピンクタワーを取り上げ、咎めるのではなく、大人がその扱い方をしっかり手本として見せることが肝心です。
無意識の創造者である3歳児は手加減を知りません。運動の調整ができないからです。振り切れたエネルギーのすごさ、怖さを知ることも貴重な体験といえます。

 

 本来、動くことが使命である子どもにとって、止まることは動くことよりも難しいのです。そのため、この時期の子どもには「運動の調整」がとても重要になります。それは自分の心と体を自分の意志で動かすためのコントロールの練習と言い換えてもいいでしょう。

 

 

 

 幸いなことに、S君は自分自身で素晴らしい教師を見つけ出すことができました。その教師とは青組のEお姉さんです。ふたりはお食事の時、いつも隣同士でした。自然な形で信頼関係が育まれていたのでしょう。愛着のある大人の真似をしたい。これは模倣の敏感期です。。
 Eお姉さんはS君をおしごとに誘いました。ピンクタワー、秘密袋、色つき円柱……。どれも大人顔負けの素晴らしい提供でS君は実に穏やかに、ニコニコ従いました。Eお姉さんのおしごと中は隣にいて、じっと見ています。

 

そうです。S君の荒ぶる魂を「E先生」が鎮めてくれたのです。

 

まず、私たち大人が見習うべきは、S君をあるがままにうけとめる、E先生のやわらかい受容というほかありません。

 

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あああ
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