横浜モンテッソーリ・幼稚園のエントランスにある出入り自由の「トライアングル」と呼ばれる空間。実はここは僕の手作りです。今日はその「トライアングル」内で起きた、素晴しい奇跡のお話を致しましょう。
あれは確か、まだ寒さの残る春先のことでした。ひとりの女の子がシール貼りに夢中になっていました。小さな手先でシールを剥してはシートに貼っています。最初は木製の飛行機にシール貼りをするお友達の動作に興味を示し、見よう見まねで手先を動かしていたようでしたが、しだいに様子が変わっていきました。シート一面をシールで埋め尽くしたあたりからら、もう無心でした。繰り返し、繰り返し、シール貼りに没頭しています。その集中力は途切れることなく、教室の中にいた先生の「おやつにしましょう」と声にも耳を傾けず、無言、無心で続けています。
やがてシールいっぱいのシートが4枚に達したときのこと。
「おわった」と顔をあげ、ゆっくり立ち上がって、その子は何事もなかったかのような顔つきで「トライアングル」を後にしました。テーブルの上に置かれた4枚のシールシートはその女の子の奇跡の集中力の証でしたが、実はそれだけではありませんでした。
その子が座っていた一人掛け椅子の上にも、ありありと残っていたのです!
椅子には毛足の長い、ムートンの座布団が置かれていましたが、その座布団から何かが滴り落ちています。もう、お察しですね。そうです。おしっこでした。
床いっぱいのおもらしの痕跡が。少なくとも2回分の放尿を上回る量でした。
春先の温かい日とはいえ、お尻が冷たかったろうに。
それにしても、トイレにいくことすら忘れて没頭していた無意識的集中の素晴しさに、感心せずにはいられませんでした。
集中力には無意識的集中と、意識的集中のふたつがあります。小さな女の子が見せてくれたのは紛れもなく無意識的集中です。この現象が起きる期間は0~3歳までのたった3年間に限られているにもかかわらず、この時期に体験した集中力は潜在意識としてその子の中に一生とどまります。
「敏感期」と呼ばれる、子ども達のこの貴重な時期は残念なことに、一度消えてしまうと、もう二度と戻らないものです。
子ども達がほんのわずかな間だけ垣間見せてくれる、その貴重なタイミングはある日突然、消滅してしまうという真実を思い知らされたことがありました。それはずいぶん前のことですが、某テレビ局の取材協力をしたときのこと。
いまでも時々思い出しますが、乳幼児の「手かざし」のシーンを撮影したいという依頼があったのです。時の園に、たまたま生まれてから3か月くらいの子がいて、「手かざし」のしぐさを示していたものですから、「いいですよ」とお引き受けしたのです。
ところが、撮影スタッフの皆さんがおいでになったときには、すでにその時期は過ぎており、結局、撮影できなかったわけです。
この「手かざし」同様、子どもが無意識的集中を見せる時期は限られています。
シール貼りに夢中になった女のことが見せてくれた光景はまさしく、「決定的瞬間」だったというわけです。