夏休みの心得5:はじめての、バ・ナ・ナ!
8月 17

夏休みの心得5:はじめての、バ・ナ・ナ!

 長いお休みの間、子ども達は元気にしているかしら?   
 幼稚園でのおしごとが恋しくなっていないかしら?

 かくいう私は、子ども達ひとりひとりのお顔を思い浮かべながら、すでに新学期の始まりを指折り数えるようになってきました。子ども達は毎日私に奇跡を見せてくれるので、早く会いたくてしかたがないのです。

 

 今日は横浜モンテッソーリの姉妹園である、たかね保育園で起きた尊い奇跡についてお話ししましょう。

 

 たかね保育園では0歳から5歳までの子ども達が毎日、いのちを輝かせております。子どもの発達は目まぐるしく、毎日更新されていきますので、たった3日会わないだけで、まるで別人のように感じることもしばしばです。

 

 それは、ある日突然の出来事でした。
 どうやらAちゃんは近頃絵カードに興味があるようだ、と察したE先生がその日はAちゃんの横にそっと寄り添っていました。

 

 カードにはバナナの絵が描いてあります。E先生はバナナを指さし、Aちゃんの目を見ながら「バぁ・ナぁ・ナ」「」バぁ・ナぁ・ナ」。 
 またゆっくりと何度も繰り返しました。

 

 早口だと言葉は育ちません。やさしく、ゆっくりと、が肝心です。その間、AちゃんはE先生を食い入るように見つめていました。Aちゃんの視線は先生の唇の動きに釘付けです。次第に「あぅ」「あぅ」「あぅ」と呼応し始めました。この時、Aちゃんは7か月になったばかりで、まだ喃語を発している段階でした。喃語とは赤ちゃんが言葉を覚える前に発する、意味を伴わない声のことです。
 Aちゃんはカードをじっと見ながら、「あぅ」「あぅ」「あぅ」を繰り返します。
 しばらくして先生が次のカードを手に取り、試しました。今度はどんな音でしょうか。
 「トぉ・マぁ・ト」、「トぉ・マぁ・ト」。

 

 「トっ!」とうれしそうに反芻するAちゃん。とても敏感に音を捉えていますが、喉で音を発するにはまだ準備が必要なようです。

 

 発音することに夢中になっているAちゃんの姿が眩しかったのでしょう。お友達が吸い寄せられるように、ハイハイで近づいてきて、Aちゃんのそばにぺたんと座りました。

 

 Aちゃんは仲間の応援に応えるように「トっ!トっ!」と繰り返しながら、先生が手にしていたカードをぎゅっと握りしめ、先生の手から抜き取り、両手で持ち変え、トマトをまじまじと見つめると、「トっ!トっ!トっ!」と天に掲げるようにカードを振り始めたのです。今度はE先生がAちゃんに応えました。「トぉ・マぁ・トぉ」

 

 E先生がもう一度バナナの絵カードを取り出し、「バぁ・ナぁ・ナ」「バぁ・ナぁ・ナ」をふたたび繰り返しますと、「バっ・あっ・あっ」と持っていたカードを振りながらAちゃんが応えます。

 

 ほどなく、Aちゃんは「バ・ナ・ナ」「ト・マ・ト」と鮮明に発音できるようになりました。それはAちゃんの偉大な内面が音声には意味があることを獲得した瞬間でした。

 

 子どもはだいたい、1歳になる頃に初めて意図的な言葉を発するようになると言われています。そして2歳になる頃には「言葉の爆発」を迎えます。それは子どもたちの中に少しずつ蓄積されたさまざまな音節や物の名前が堰を切ったようにあふれ出す瞬間です。

 

 言葉の獲得は私たちの目には見えませんが、子ども自身の絶えまない努力によって成し遂げられる、讃えるべき奇跡が起こったのですね。

 

 Aちゃんは「バ・ナ・ナ」という単語の母音と子音を聞き分ける耳と、発音する喉を自らつくりあげたのですから!

 

 驚かれるかもしれませんが、実は子ども達は生まれる前から話すための準備をはじめています。
 妊娠中、お母さんのお腹の中で赤ちゃんはさまざまな音を聞いています。あまたある音の中から、赤ちゃんは人の声だけを聞きとれる天性をもっているというのですから、本当に神秘ではありませんか! いま妊娠中のお母様がいらっしゃいましたら、お腹の赤ちゃんにたくさん話しかけてあげてください。

 

 オギャーと誕生した後、赤ちゃんは泣くことで呼吸をするための肺を自らつくりあげていきます。無意識の創造者は発音するために震わせることのできる舌や唇、喉などの器官も自らつくっていくというわけです。

 

 生まれて間もない赤ちゃんをよくよく観察していますと、人の声のするほうへ耳を傾けているのがわかります。周りがよく見える目をつくると同時に、音を聞き分ける耳をもつくっていくのです。何と健気な活動家でしょうか。

 

 子どもは自分で自分をつくりあげる。

 

 私たち大人はこの奇跡に敬意を払わざるをえません。
 子どもが安心して自らの能力を自分で育めるようになるには、環境に対する信頼が不可欠だからです。どうか愛情深いまなざしで微笑みかけ、思いやり溢れる、温かい心で子どもと向き合ってください。

 

 赤ちゃんはあの小さな目で目の前にいる人が自分に対して思いやりのある存在か、そうでないかを母と子の心の通い合いを通じて生まれてからたった2ヵ月の間で見分けていきます。

 

 単に語彙力が多いからといって、コミュニケーションが豊かになるのではありませんよね。話したい。聞いてほしい。伝えたい。こうした思いが生まれるのはやはり、母と子の特別な信頼関係があってこそ、生まれるものなのです。


 お父様お母様。夏休みはよき聞き役となって子ども達にたくさん話す機会を与えてあげてください。新学期、夏休みの思い出を子ども達から聞けることを今から楽しみにしています。 

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あああ
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