夏休みの心得1:ひと夏で、蝉のように脱皮する子ども達。
7月 26

夏休みの心得1:ひと夏で、蝉のように脱皮する子ども達。

 蝉の鳴き声を聞かないうちに、夏休みになりました。今年は26年ぶりの冷夏だそうですね。夏らしくない陽気が続いています。でも、どうかお忘れなく。

「おしごとをしたい」という子ども達の生命のエネルギーは常にホット!です。

 

 お父様、お母様。夏休みはそんな子ども達の熱い生命衝動を見逃すことなく、どうか、よりよい方向へ導くお手伝いをしてあげてくださいね。

 

 海や山へ家族で旅行にでかける。又は、お友達と一緒に虫とりをする等、夏休みならではの特別なお楽しみもいいですね。又ご自宅で過ごす、夏休み中の「日常生活」」こそ、子ども達の成長の鍵を握る、たいせつな「おしごと」がたくさんありますね。まず、そのことを頭の片隅に置いて、この夏をお過ごしください。

 

 幼稚園で行う教具を用いた「おしごと」でなくとも、子ども達が「やってみたい」と思える「おしごと」は日々の暮しの中に溢れています。

 

 毎朝、朝顔に水やりをする。ごはんの時に、お茶わんや箸を並べる。毎日のお掃除で雑巾を洗い、絞り、雑巾がけをする。使ったおもちゃを片付ける。

 

 こうした日常生活の練習は、子ども自身が「やりたい」と自ら選び、率先してすることがいちばんたいせつです。親の声かけと、手本の示しかた次第で、子ども達の心と体を飛躍的な成長へと導くことのできるチャンスの宝庫でもあります。

 

 この声かけと、手本を示すタイミングの技術をマリア・モンテッソーリは「提示」といいました。この「提示」はモンテッソーリ教育の要です。

 

 「提示」については、実は私達教師でさえ「これでよい」という到達点はなく、毎日が手探りの連続です。そのくらい難しい。マリア・モンテッソーリが編み出した、最高の技術だと私は思っています。

 

 今日は、その「提示」がもたらした私自身の学びと素晴しい子どもの変化をお伝えするために、3歳のH君の事例を紹介します。

 

 4月に入園してから3か月間。お友達のおしごとを眺めるだけで、なかなか自分から「これをやりたい」「やってみたい」というおしごとをみつけられなかったH君。話しかけても、目を合わせてくれることもほとんどありませんでした。

 

 時折、お友達のおしごとをじっと見ているので、「H君もやってみようか」と声をかけ、手本を示しても途中で目が泳ぎはじめ、飽きてしまう。そんなわけでH君が「提示」を最後まで見届けたことはありませんでした。

 

 そんなある日。棚から「金属磨き」を持ってきたH君に「やりたい」とせがまれました。4歳児のお姉さんがやっているのをみて、興味が湧いたのでしょう。けれど、金属磨きは、工程が長く、しかも洗練された正確な指の動きを必要とする、おしごとです。

 

 これまで最後まで提示を見届ける経験のなかったH君に「金属磨き」の手本を見せるのはまだ早いのではないか。また途中で飽きてしまうだろう。私は「またこんどね」と見送ることにしました。

 

 翌日。案の定、「金属磨き」のことなど忘れてしまったように過ごしていたH君が、帰りのお迎えのバスが到着したタイミングで「やりたい」と言い出しました。あまりの間の悪さに「ごめんね。お迎えのバスが来たから、またこんどね」とH君に謝りながら、二度も提示のタイミングを見送ってしまったことに、正直、うしろめたさを感じていました。

 

 翌朝。この日もH君が「どうしてもやりたい」と金属磨きのセットを自ら携えて私の元にやってきました。いまこのタイミングを逃したら、H君の好奇心の扉は永遠に閉ざされてしまう。そう直感し、心を据えてH君と向き合うことにしました。三度目の正直となったその日の「提示」はH君と私のいわば、真剣勝負です。

 

 瓶をふって磨き液を混ぜ、少しだけ出します。液が白く乾いたら、綿ボールで乾いた液を取り除き、小布で磨きながらつやを出していきます。ひとつひとつの工程を示す私の指先をH君はいつになく真剣なまなざしで食い入るようにみつめ、ついには最後まで見届けることができました。そして、小さな指先で同じように磨きはじめました。動きは拙く、最初は磨き残しが目立ちましたが、自分が磨くことで金属がぴかぴかに輝きはじめることがうれしかったのでしょう。驚くような集中力で磨き続け、最後には一点の曇りもなく金属を磨き上げてしまいました。

 

 この経験以降、H君は明らかに変わりました。

 

 まず、目を見て先生の話を聞けるようになりました。そして自分から「おはよう」と挨拶できる子になりました。また「のりはり」で大きな図形が作れるようになり徐々に集中力が高まりマリア・モンテッソーリの言う「正常化」へと向かっていきました。

 

 私はH君から「先入観で子どもを見てはいけない」と学びました。

 

 「どうしてもやりたい」。好奇心のスイッチが入った、こうした子どものサインを見逃さないこと。そして、そのチャンスが訪れたら、ゆっくりと、ひとつひとつの作業をお父様お母様が心をこめて、「やってみせること」。適切な大人の援助があれば、このように子どもはよい方向に変ります。

 

 新学期がはじまる9月には、蝉が脱皮するごとく、驚くような成長を遂げていることでしょう。生まれ変わった子ども達に会えるのを、いまから楽しみにしています。

 

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あああ
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